ジークスの開発サービスを支えるのは、多彩なキャリアを持つエンジニアたちです。今回は入社3年目の若手エンジニア・宮武が、約30年のキャリアを持つシニアアーキテクト・酒井にインタビュー。日々の仕事への向き合い方から、エンジニアとしてのあり方までを聞きました。
酒井 洋一
シニアアーキテクト/2009年入社。主な言語は PHP・JavaScript。プロジェクトリーダーとして上流工程や、新規デバイスを使ったデモアプリ開発などに従事。
宮武 諒
エンジニア/2021年入社。主な言語は PHP・Java・JavaScript。中〜下流工程や、インフラ周りの調整・構築に携わる。
「提案力」でジークスの技術をささえるシニアアーキテクトという仕事

宮武 諒
まず、シニアアーキテクトってどんな仕事なんでしょうか? 酒井さんのお仕事について聞かせてください。

酒井 洋一
私の場合ですが、技術面の責任者としてプロジェクトをまわすことが一番の仕事だと思っています。開発案件だと、最近は教育やデバイス関連が多いですね。教育系は、電子教材などのアプリ・コンテンツのほか、教員向けのプラットフォームづくりにも対応します。デバイス系なら距離の表示・計測などに関わるものなど、さまざまなカテゴリの開発プロジェクトを担います。
シニアアーキテクトの腕の見せどころは、お客様へ提案を行う場面。メディアの記事などを見たお客様から「こんな新しい技術を使いたい」とご相談いただくことも多いですが、実際に活用可能か見極めたうえで適切なシステムの提案をする必要があります。
たとえば以前、「水害対策のために、水位を測ってアラートを出す仕組みをつくりたい」というご相談がありました。そこで、赤外線センサーを購入して実験を行いデータを取り、実現するためにどんなハードルやリスクがあるのかを検討したんです。その結果、より精緻な提案につなげることができましたし、お客様にも「ジークスのような知見のある会社に相談するのがベストだな」と感じていただけたと思います。

宮武 諒
そうした取り組みがジークスの技術力を担保しているんですね。ふだんの開発業務で、どんなことを心がけていますか?

酒井 洋一
新しい技術や製品など、広い分野に対してアンテナを立てることですね。ネット検索に頼らず実験したり、幅広い情報を参考にすることを意識しています。これまで得た知見や技術を、少しでも宮武さんのような若いエンジニアに伝えられたらと思ってます。

宮武 諒
入社以来、さまざまな経験をされてきたと思いますが、辛かったことや嬉しかったエピソードはありますか?

酒井 洋一
入社して間もないころは、少ないメンバーでさまざまな開発をしていたので忙しくて……社員旅行中にメンバーと喫茶店でプログラミングしてたこともありました(笑)。
辛かったのは、プロジェクト開始時の見通しが甘く、お客様と約束した仕様のサービスを納期までに提供できなかったこと。それでも懸命に改良を重ねた結果、最終的にはお客様に感謝していただけましたが、大きな教訓になりました。
嬉しいのは、自分が過去に手掛けた開発プロジェクト実績をホームページなどで見て、お客様からジークスにご相談が来ること。また、お客様が求める「旬」の開発技術を使ったプロジェクトを担当できるときは、大きなやりがいを感じます!
若手エンジニアに必要なのは好奇心。すべての経験は学びになる

宮武 諒
酒井さんのエンジニア人生が始まったのは、小学6年のときだったそうですね。

酒井 洋一
1980年代の前半ですが、父が表計算をやろうとパソコン(NECのPC-6001)を買ってきて、すぐ挫折したんですよ。そこで私が触り始めたのがきっかけです。大学は数学科に進んだものの中退。就職してエミュレータ開発を経験し、その後はゲーム会社に転じて開発に携わっていました。
昔から変わっていないのは、「誰かに相談されて、何かをつくる」こと。就職してから関わってきた開発はどれも今の自分につながっていますし、学生時代に学んだ数学も仕事にとても役に立っています。エンジニアにとって経験は必ず学びになって、仕事に生きてきます。

宮武 諒
私は趣味もなくて、休日はつい家でダラダラと過ごしがちで……今振り返って、エンジニアとして若い頃にやっておいてよかったと思うことはありますか?

酒井 洋一
今と昔はいろんなことが違うので、あまり自分の経験から言い過ぎるのは良くないんですが、私はひたすらパソコンをいじったり、ゲーム機に自前のプログラムを入れて動かしたりしてました。
あとは、仕事で中国など海外に出張する機会も多かったので、多彩な価値観を持った人たちと深く付き合えたのはよかったと思います。いずれにしても、好奇心を持っていろいろなことに取り組むのは大事ですね。

宮武 諒
なるほど。私もどこかへ出かけて、見聞を広めていければと思います……! キャリアプランについても聞きたいんですが、酒井さんはいつごろからシニアアーキテクトの道を意識しましたか?

酒井 洋一
30代後半から40代にかけてだと思います。さまざまなことを経験したうえで、管理系に行くのか実務を続けるのかで迷って、たどりついたのがシニアアーキテクトでした。これまでどおり最前線でプロジェクトに関わりながら、マネジメントを行うこともできる。その点で、自分の特性を活かせると考えたんです。
「できない」ではなく「この方法ならできる」を考えるのがプロフェッショナル

宮武 諒
酒井さんが今注目している開発技術やサービス、挑戦していきたいことを教えてください。

酒井 洋一
AIと、関数型言語については大注目していますね。これから挑戦したいのは、社外への情報発信。これまで弱かった部分なので、私もシニアアーキテクトとして記事を執筆して、少しずつリリースできればと思っています。

宮武 諒
私たちのような若手に対して期待していることはありますか?

酒井 洋一
私が若手のころは、640KBしかメモリがないような低スペックのパソコンを使って開発していました。そこからテクノロジーの進化に対応しながら、いろいろな技術を身につけることができたんです。
そう考えると、今の若手エンジニアは一度に高度な技術をたくさん習得しなければならない。だからこそ、私たちの世代では考えつかないような発想ができると思っています。その点はとても楽しみですし、期待しています!

宮武 諒
ありがとうございます。最後に、酒井さんの思う「プロフェッショナル」とは何か、教えてください。

酒井 洋一
難しい課題に直面したときに「できない」と決めつけないのがプロだと思います。違うアプローチのしかたを見出して、「こういう方法ならできるよ」と解決策を提示することが大切ですね。

宮武 諒
開発案件に関わっていると、正直「これは厳しいな〜」と思うこともあるんですが、プロとして「どうにかしてできないか」を探していくことが大事なんですね。
今日はためになるお話をありがとうございました!
酒井が考えるプロフェッショナルのあり方
難しい課題に直面したときに「できない」と決めつけないのがプロです。違うアプローチを見出して、「こういう方法ならできるよ」と解決策を提示することが大切だと考えています。
