トヨタ自動車株式会社様が車両開発の変革を目指して取り組む、『OMUSVI(通称:おむすび)』プロジェクト。ジークスはUI/UX開発パートナーとして、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社様とともにその開発に携わっています。 本プロジェクトへの参画は、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社様からお声がけいただいたコンペがきっかけでした。2〜3週間という限られた準備期間で、ジークスは複数の“動くプロトタイプ”を提案。その結果、構想を具体的な画面に落とし込むスピード感と表現力が評価され、プロジェクトに加わることになりました。 トヨタ本社での対談は、ジークスがデザイン、トヨタメンバーが監修の「OMUSVI Tシャツ」を着用 本記事では、トヨタ自動車様(以下:トヨタ)、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社様(以下:デロイト トーマツ)、そしてジークスによる三社対談を通じ、OMUSVIプロジェクトの裏側をひも解きます。 今回の対談メンバー 『OMUSVI』プロジェクトとは トヨタ自動車のDX戦略における中核プロジェクトのひとつ。正式名称は「Organized Master Unified System for Vehicle Information」。車両情報を一元管理・統合し、部門間で発生していた「読み替え」作業を排除することで、開発リードタイムの短縮、コスト削減、顧客ニーズへの迅速な対応を目指す。 引用元:トヨタイムズ「31万時間をお客様のために。本気で変えるトヨタの働き方」 トヨタが描く“クルマ創り”の中核、それが『OMUSVI』 まず、OMUSVIとは、どのようなシステムでしょうか? 開発の背景や、解決しようとした課題について教えてください。 高木さん:OMUSVIは “Organized Master Unified System for Vehicle Information” の略で、トヨタが社内の車両開発プロセスを大きく変えるために立ち上げたシステムです。 トヨタでは新車の企画から販売まで、社内の多くの部署が関わっていますが、その業務のうち約35%が “読み替え作業” に費やされているという課題がありました。読み替えとは、部署ごとに異なる言い回しやフォーマットで記された車両仕様の情報を、それぞれの立場で解釈し直す作業のことです。 たとえば、企画部が作成した仕様書を、そのまま開発や生産、販売の現場で使えるわけではなく、それぞれが自分たちの業務に合わせて “翻訳” しながら使っていました。 こうした読み替えが社内の至る所に存在しているため、情報の流れに時間がかかり、販売店から届くお客様の声が、最上流の企画部門までスムーズに届かないという課題が生じていたのです。 OMUSVIでは、読み替えをなくし、車両の企画から販売まで、すべての工程において “共通言語” で仕様情報が流れる仕組みを整えようとしています。その結果、それまで読み替えに費やしていた時間や労力が、本来向き合うべきお客様の価値創出にあてられるようになる。未来のトヨタ、そしてその先にいるお客様を見据えて始動したプロジェクトなんです。 高木 健輔 トヨタ自動車 Kensuke Takagi デジタル情報通信本部 開発・製造IT推進部所属。ユーザー側の立場を兼務し、現場の声を反映しながら、UI/UX検討とシステム開発をつなぐ役割を担う。 小嶋さん:言語の共通化に加えて、車両仕様を作る業務そのものの効率化も重視しています。システムに登録する仕様は多ければ多いほどよいのではなく、本当にお客様に届けたいものだけに絞って入力することが大切です。 登録内容を最小限に抑えつつ、情報を一気通貫で流すことで、市場からのフィードバックをタイムリーに開発へつなげる。そうした循環の構築も、OMUSVIの大きな目標のひとつです。 中島さん:少し大げさに聞こえるかもしれませんが、OMUSVIはこれからのトヨタの30年、50年を左右するほど重要な取り組みだと考えています。もしうまくいかなければ、会社の将来に影響を及ぼしかねない。それほどの覚悟をもって、全社をあげて進めているプロジェクトです。 中島 史博 トヨタ自動車 Fumihiro Nakajima MSカンパニー MS統括部 ZV所属。製品企画機能を担う部署に所属し、『OMUSVI』のメインユーザーとしての立場で、車両仕様入力に関する要望のとりまとめを担当。 ジークスに依頼を決めた理由は提案で描かれた感度の高いUIプロトタイプ デロイト トーマツ様は、OMUSVIプロジェクトでどのような役割を担われたのでしょうか? 田中さん:私たちは、プロジェクト全体のPMOとして、計画の推進や要件定義の支援を担いました。OMUSVIは業務の進め方そのものを見直す大きな変革であるため、社内すべてが一枚岩で取り組めるわけではありません。だからこそ、トヨタさんの社内だけではコントロールしにくい部分を、外部の視点も交えて調整する。それが私たちの役割でした。 加えて、変革を進めるためには、考え方を整理するだけでなく、実際のシステムへと具体化する必要があります。トヨタ様の要望を丁寧にヒアリングし、それをどう要件に落とし込み、開発やデザインへとつなげるか。その一連のプロセスを支える役割として、ジークスさんとも連携しながら進めてきました。 田中 啓樹 デロイト トーマツ Hiroki Tanaka 自動車ユニット所属。『OMUSVI』プロジェクトにおいてPMOおよびUIリードとして参画。両社と連携しながら、要件定義からUIの全体設計までを主導。 OMUSVIのUI/UX開発パートナーとして求めていた要件と、デロイト トーマツ様がジークスに声をかけた理由を教えてください。 田中さん:トヨタ様からは、大きく二つの要望がありました。ひとつは、従来の考え方にとらわれず、会社の思考自体を変えるような「革新性」があること。もうひとつは、詳細な要件を固めてから進めるのではなく、素早く形にし、アジャイルに改善を重ねていける “スピード感”です。 UI/UXに強い会社は多くありますが、業務システムという文脈では、それを現実的に落とし込める企業はそう多くありません。そんななか、私たちがジークスさんをご提案したのは、これまでの協業を通じて、提案力と実行力の両面に信頼があったからです。 ジークスとしては、トヨタ様の期待にどう応えようとしたのでしょうか? 藤原:お声がけいただいた時点では、明確な要件はまだ固まっておらず、「こんな世界を実現したい」といった構想段階のお話でした。コンペの規模感や自由度の高さに、「すごいのが来たな」と感じたのを覚えています。ここまでゼロからアプローチできる機会は貴重で、正直かなりワクワクしながら取り組んだ記憶があります。 提案までの猶予は1〜3週間ほど。時間が限られていたこともあり、今回はあえてヒアリングをせず、こちらから可能性を絞り込まないようにしました。そのうえで、トヨタさんに「こんな未来もあるかもしれない」と感じていただけるような、自由度の高い提案を心がけました。 具体的には、 “ Excelのように扱えるUI”や “車両のグラフィックに直接操作をひもづけるUI” 、 “ カテゴリーをマッピングするUI” など。異なるアプローチで4〜5案を用意し、それぞれ動くプロトタイプとして提示しました。 藤原 大輔 ジークス Daisuke Fujiwara デザイン室所属。UI・画面デザイン担当。提案段階からユーザー視点と操作性を意識したデザイン提案を担当。 田中さん:今回、OMUSVIが目指す “共通言語”は、いわば血液のような存在であり、車を作る上での源泉になります。だからこそ、既存のシステムにはとらわれず、ファーストインプレッションで「使いたい」と思ってもらえるような画面を提示することが大切だった。 結果、ジークスさんにはすばらしい提案をいただいたと思います。 初期提案の内容をご覧になった際の率直なご感想と、最終的にジークスを選んだ決め手を教えてください。 鍵谷さん:最初に提案を見たとき、「これはすごいな」と率直に感じましたね。短期間で、しかも単なるデザイン案ではなく、実際に触って操作感まで確かめられる “ 動くデモ画面”を複数パターンご提示いただけたのには驚きました。 まだトヨタの業務を深くご存じない段階だったにもかかわらず、私たちの思いを的確にくみ取り、具体的な形にしてくださって。その理解力の高さと、スピード感には大きな魅力を感じました。 鍵谷 利希 トヨタ自動車 Riki Kagiya デジタル情報通信本部 開発・製造IT推進部所属。『OMUSVI』プロジェクトにおけるトヨタ側の開発リーダー。デロイト トーマツ様およびジークス両社と連携しながら、情報システム開発を推進。 高木さん:ジークスさんの提案は社内でも反響が大きかったですね。そのスピード感とセンスが際立っていました。現在採用しているOMUSVIのUIも、最初の提案をベースにブラッシュアップしたものですが、当初から「これだ」と感じられるクオリティでした。藤原さんの感度の高さが、最終的な決め手になったと思います。 藤原:ありがとうございます。コンペの際は、皆さんから率直なご意見をいただき、提案の場自体がとても濃密な時間になりました。そうしたコミュニケーションがあったからこそ、パートナーとして選んでいただけたときは本当にうれしかったです。 試して、話して、また試す。技術力をベースにした共創型プロトタイピング プロジェクトが本格的に始動してからは、どのように進めていったのでしょうか? 藤原:プロジェクトが始まった当初は、要件がまだ言葉になっていない部分も多く、まずは、一緒に探る姿勢が大切だと感じていました。そのため、プロトタイプは完成形ではなく、対話のきっかけとして使っていました。 試作をお見せして、「思っていたのと違う」「これなら使えそう」といったフィードバックをもとにブラッシュアップ。そんなやりとりを重ねながら、少しずつ形にするイメージです。週に何度もデモを共有し、対話を軸にプロジェクトを進めていきました。 小嶋さん:「こうしたい」という意図はあっても、それが画面上でどう表現されるのかまでは、なかなか想像が及ばない部分も多かったんです。 そうしたなか、ジークスさんに早い段階でプロトタイプを提示していただいたことで、私たちにもイメージが具体的に見えてきて、考えを深めやすくなりました。デモ画面を起点に議論が進んでいったので、スムーズに検討を進められたと感じています。 小嶋 美圭 トヨタ自動車 Mika Kojima デジタル情報通信本部 開発・製造IT推進部所属。MSカンパニー兼務。ユーザーとシステム開発両方の視点をもちながらUI設計に携わる。とくに車両仕様入力画面のUI検討を主導。 プロジェクトでは「合宿」も行われたそうですが、どのような議論や検討が行われたのでしょうか? 藤原:まさに “一から一緒に作る” 感覚でした。合宿では、高木さんの業務を実際に見せていただき、どのように操作しているのか、一連で確認しました。 使いづらさを感じる部分があれば、その場で意見を交わし、すぐに改善の方向性を話し合う。たとえばボタンの位置がわかりづらければ、最適な配置をその場で話し合い、デロイト トーマツ様がタスクに落とし込んで、次のタイミングで修正案を提示する、というサイクルで進めました。 現場の声をそのまま反映できる、密度の高い時間だったと思います。 高木さん:ずっと画面に向かいながらカーソルを動かしていたので、自分が何を考えて、どこを見ているのか、そのすべてをジークスさんにさらけ出していた感覚でした。 長時間ユーザーテストを受けているようでしたので、多少の恥ずかしさもありましたが(笑)、だからこそ課題が明確になり、開発のスピードが上がったと思います。 だんだんとUIのイメージが具体化するなか、実装担当者の役割はどのようなものでしょうか? 若松:藤原が描くUIの理想を、システム上で実現可能な形に落とし込むためのベースを作るのが実装担当者の役割です。具体的には、デザインをもとにHTMLでコーディングし、プロトタイプを構築します。 とはいえ、すべてをそのまま実装できるわけではありません。「この動きは技術的に難しいかもしれない」「ここは負荷がかかるのでは?」といった観点から藤原とすり合わせを重ね、現実的な落としどころを探っていきました。 僕も藤原もお互い本気なので、ときにはぶつかる場面もありましたが(笑)、デザイナーの意図をできるかぎりくみ取りながら、技術的に実現可能な形へと調整する役割として、開発工程を支援していました。 若松 浩昭 ジークス Hiroaki Wakamatsu 実装担当。UIデザインをシステムとして形にする役割を担う。UI実現の可否を見極めながら、システム側と連携するためのフロントエンド設計を担当。 “やること”より、“なぜやるか”を問い直す。課題の奥に踏み込む、提案力と伴走力 PMOとしてプロジェクト全体を支えてこられたデロイト トーマツ様から見て、ジークスの強みはどのような点にあると感じますか? 田中さん:ジークスの強みは “提案力” です。お客様の要望をそのまま反映するのではなく、業務の流れや操作性、システムへの負荷までを踏まえたうえで、本当に必要な仕様を一緒に考えてくれる。 たとえば、機能を増やしすぎると使い勝手が悪くなる、レスポンスが遅くなるといった懸念にもしっかり目を向けて、UIとシステムの両面から現実的で使いやすい提案をしてくれるんです。単なる作業者ではなく、共創的なパートナーとしての信頼感があります。 トヨタ様が感じた、ジークスの強みはどのような点がありますか? 小嶋さん:システム開発では、どうしても目先の課題に意識が向きがちですが、ジークスさんは「そもそも、このシステムで本当にやりたいことは何でしたっけ?」と、常に本質に立ち返らせてくれます。業務プロセスに深く入り込んでくれているからこその指摘で、ハッとさせられる場面が何度もありました。この視点は、いまでも印象に残っています。 中島さん:私は今は製品企画の担当ですが、以前は車両の設計を担当しており「言葉だけでなく、図面で話そう」と常に言ってきました。 ですがこのプロジェクトでは、図面も資料も出さず、ただ言葉で要望を伝えるだけ。それにもかかわらず、ジークスさんとデロイト トーマツさんが毎回しっかり意図をくみ取り、具体的な形にしてくださるんです。本当によく伝わっているなと感心しましたし、チームの皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。 鍵谷さん:ジークスさんには、言われたことをただ実行するといった受け身の姿勢がありません。我々が掲げる “業務の変革” や “デザインで仕事を変える” という本質的な目標を常に意識し、「それは本当にトヨタさんのためになりますか?」と、踏み込んだ意見も含めて、新しい視点からの提案を続けてくれます。 社内の議論が従来の枠にとらわれがちになるなかで、外からの視点をもたらしてくれる存在として、とても心強く感じています。 \"苦行\"から\"ワクワク\"に。『OMUSVI』がもたらす共通言語で未来のクルマを届けるトヨタへ OMUSVIの導入により、従来のシステムからどのような変化を感じていますか? 中島さん:これまでのシステムは、正直なところ入力作業が楽しいものではなく、操作もわかりづらいと感じていました。「操作自体が苦行」と言いたくなるような場面もあったほどです。 OMUSVIはまだ開発途中ではあるものの、「使っていて楽しい」と感じられる場面が増えてきています。この変化は、現場でシステムに触れる立場として、とても大きいと感じています。 鍵谷さん:OMUSVIは、ひと目見た瞬間に、これまでの社内システムとは違う、と感じる色使いやデザインで、思わず触ってみたくなるような印象があります。「何かが変わりはじめている」「新しいことにチャレンジできるかも」と、社員をワクワクさせてくれるんです。 今回のプロジェクトは、仕事そのものや、10年後の働き方を見据えて進めている取り組みですが、それを象徴するような、システムになっていると思います。 社内での反響はいかがですか? 高木さん:社内で新しい画面を紹介すると、これまでのシステムと明らかに違うとすぐに気づかれるようで、反応がまったく違います。ファーストビューで必要な情報にすぐアクセスできる構成のため、自分も使ってみたいと声をかけられる機会も増えました。 こうした前向きな反応そのものが、使いやすさや直感的な操作への期待につながっていると感じています。 OMUSVIプロジェクトは、トヨタ様のこれからにどのような影響を与えると感じていますか? 中島さん:企画からお客様までが “共通言語” でつながることで、無駄を省き、よりタイムリーに、より良いクルマを届けられるようになる。それが、OMUSVIが目指す未来です。 これまで各部門で “翻訳” されていた車両仕様書の共通化により、 “読み替え” が不要になり、情報のズレがなくなります。さらに、必要な部品や金型も減り、生産のリードタイム短縮や仕入先の負担軽減にもつながるでしょう。 さらに、UIを意識した設計によって、ベテランから新人まで、年齢や経験に関係なく、誰もが直感的に、楽しく操作できるようになるはずです。 OMUSVIプロジェクトは、ものづくりの精度を高めるだけでなく、トヨタの働き方そのものを見直すきっかけにもなると感じています。 ジークスとして、OMUSVIプロジェクトの今後の展開にどのように貢献していきたいですか? 若松:システマチックな構造のなかで、デザイン性を保つバランスを取るのは決して簡単ではありません。 だからこそ、トヨタ様の想いと、それを形にしようとする藤原のUIデザイン、双方の視点を受け止めながら、単なる再現にとどまらず、動きや操作のしやすさといった観点も含め、実装へとつなげていきたいと思っています。 藤原:トヨタ様の思いを、UI/UXという形で具現化することが、私たちジークスの使命だと考えています。OMUSVIは、まだ全体構想の一部が形になった段階です。今後は、ワークスペースに入った瞬間からワクワクできるようなサマリーページやトップページの開発にも取り組んでいきたいですね。 実際のユーザーを含め、使う人ごとに求める使いやすさは異なります。そのなかで、誰もが “使ってみたくなる” と感じられる体験に近づけるよう、トヨタ様、デロイト トーマツ様としっかり向き合い、議論を重ねながら、最適な形を探し続けていきたいと思っています。